
私の運営します、デンマークの日欧文化交流学院とジャパンケアグループの日本福祉学院とは姉妹提携をさせていただいております。そのご縁もあって、去年より研修会にお招きいただいております。
今年は、私がデンマークへ渡欧してから40年目となります。
社会福祉国家と呼ばれるデンマークも、毎年変化していっております。その変化を着実に把握して日本に還元したら、私たちの日本も住み良い国になるのではないかと考えて活動を続けております。
そもそもは40年前、世界中で一番住み良い国はどこなのだろうと探した時に、北欧にデンマークという国があると聞いた事が全ての始まりでした。住み良い国とは、その国に生まれたら、死ぬときまで安心して生活できる国という意味です。
私はデンマークの話を聞いてすぐに横浜から船に乗り、二週間かけてデンマークへ渡りました。お金がなかったので、片道切符でしたし、持ち出した金額は500ドルでした。当時は円安だったので、18万円ぐらいでした。さらにデンマークには知人もなく、自分で食事や寝床を探さなくてはなりませんでした。今日は6月18日ですね。40年前の今頃は、農家に雇ってもらってブタの世話をしておりました。農家へ行けば、食べ物もあるだろうと思ってのことでした。実際に行って生活してみても、デンマークは住み良い国でした。生活大国と言ってもいいでしょう。翻って日本は経済大国と呼ばれています。この日本とデンマークの違いは一体何でしょうか。そして日本をより住み良い国にするにはどうしたらいいのかを、皆様と共に考えていけたらと考えております。
デンマークがなぜ住みよい国なのか。私達は生まれてから、まずは出産や子供の病院など、医療関係の問題に直面します。しかし、デンマークでは医療費が全てタダです。どんなに大きな手術をしても、長い間入院をしてもタダです。
次に、成長すると小学校に通ったりと義務教育を受けます。デンマークでは教育費も全て無料です。日本でも小中学校は無料ですが、デンマークでは高等学校・専門学校・大学に至るまで全て無料になっています。
また、障害のある人に関して、その医療費も全て無料です。その人の家庭の収入には一切関係なく、保障されます。
日本では最近自立支援法について議論されていますが、デンマークでは自立支援法が
1970年代に出来上がっており、死ぬまで生活が保障されています。
また、皆いつかは老いて老人になります。その時誰に面倒を見てもらうのかと心配になりますが、デンマークではその心配をする必要はありません。国からもらう年金で補填されます。デンマークでは、年金の掛け金を支払う必要はありません。全員65歳になると皆が年金をもらえます。たとえば女性で、一度も仕事に就いたことがなく、そのまま家庭に入って主婦業を続けて65歳になっても、同じように国民年金がもらえます。月額18〜19万円くらいです。
もし、彼女が特別養護老人ホームに入ったとして、その老人ホームでかかる部屋代・食事代・光熱費を自分で払わなければならないのですが、もらった年金からそれらを引いても、最終的には手元に3〜4万円ほど残るようになっています。これはデンマーク政府が、それだけの残金がのこるようにしているからです。このように安心して生活できるよう、デンマークでは国を挙げて取り組んでいます。
ここまで聞くと、何もかも無料でまかなっているように思えますが、そんな事は不可能です。これだけのことをするには、財源が必要です。日本でも介護保険を導入して保険料を集めていますが、デンマークでも国民からお金を集めているんです。けれどそれは保険制度による集金ではなく、税金として納められています。デンマークでは直接税として収入の50%程度を支払います。また間接税として消費税が適用されており、これが25%となっております。これらの税金で介護から年金からなにもかもをまかなっています。
先ほどの「無料」と言っていた話は、こうして集められたお金を、必要な人のところへ分配することにより、介護を受けるにあたって、個々人が自己負担をしないで済むという意味になります。
例えば母子家庭や障害のある人の家庭・高齢者など、社会的に弱い立場の人々が健康で文化的な生活ができるよう、皆から集めたお金を使っているのです。
このように、住み良い国とは=生活大国=社会福祉国家、という図式が出来上がるのです。
社会福祉国家というのは、世界の中にもそうそうありません。北欧の四カ国ぐらいです。社会福祉に力を入れている国ならば、日本を始め、ヨーロッパ諸国やオーストラリア・カナダ等、いくつか存在します。
上記二つの違いが分かるでしょうか。「社会福祉に力を入れている国」というのは、社会的弱者のみに支援をしている国です。介護保険でも、自立支援法でも、児童福祉法でも弱い立場にある人だけを対象としています。一般国民は、国民保険を例にしても完璧な支援を受けているとはいえない状態です。このように『住み良い国』というのは、国民全ての生活を保障している国なのです。
日本はまだまだ私達が安心して暮していける国ではなく、障害者が何の不安もなく生活できる国でもありません。高齢者になったら誰に面倒を見てもらえばいいのかという不安があります。できればデンマークのように、全ての人の生活が保障される国になってほしいと、私共は願っているわけです。
では、なぜ日本は経済大国になり、デンマークは生活大国になったのでしょう。それは、日本では経済大国にするべく国民を教育したからです。
みなさんもどんな教育を受けてきたか覚えていますよね。人よりも良い成績をとり、人よりも良い学校へ行き、人よりも良い仕事について……。人よりも上へ行かなければならないという競争原理の教育を受けていれば、社会的に弱い立場の人達よりも上でいることが当然という考え方をしてしまいかねません。私達は福祉の仕事に携わって、現場でそういった方々と触れ合っているからそんな事はありませんが、他の福祉に関わらない人々は、障害者や高齢者など自分にかかわりがないからどうでもいいという考え方をしがちになってしまいます。そういう人を作り出してしまう教育をしているのです。
高校進学率が90%以上だと世界に誇っていますが、デンマークの進学率は46%程度です。このように、日本の高校進学率というのは学歴社会において、良い就職や人よりも良い大学へ行くためのものであって、本当にその勉強が必要な人に知識を与えた結果ではないのです。デンマークでは本当に必要な人が必要な教育を受けられる制度を設けていますので、ただ単に競争原理のための教育ではないというのが、大きな違いの一つだと思います。
デンマークは人と競争するよりも、社会の中で様々な立場の人々が共に生きていく教育を受けているのです。その教育の大きな主題はというと、民主主義です。なんだ、日本だって民主主義じゃないかと思うかもしれませんが、正直に言って日本の民主主義は名前だけです。民主主義とは自由・平等です。人間としてこの世に生まれたら、男女の差、年齢の差、障害の有無も関係なく、平等であるということが、言葉で言うだけではなく、完全に社会に浸透していないと、そこは住み辛い国になってしまうのです。
さあ、日本は住み良い国ですか? 皆さんは平等ですか? 社会の中で、職場で、家庭で平等だと答えられますか? 男女の区別なく、障害の有無でも差別のないことを日常生活から感じられるのが住み良い国なのです。
次に連帯感・共生感があることも必要でしょう。
例えばデンマークでは、国民全員が税金を払っている。これは連帯感です。そして集めたお金を困った人に使っているわけです。日本はというと、税金はあまり出したくない。そこで税源を確保するために介護保険を作ったんですね。でも、その保険も行き詰ってしまいました。
この民主主義のキーワードは自由・平等・連帯・共生ですが、この連帯感と共生感があると、尚住み良い国になるのです。さて、日本人には共生感・連帯感がありますか? ありますよね? 阪神大震災では日本各地から義援金やボランティアが集まって、助け合いが行われました。でもああいった天災がなければ日本人は助け合わないのでしょうか。
今この時にも300万人という障害を持つ方がいて、人並みの生活を送りたいと思っているのです。あるいは皆さんは高齢者福祉に従事されておられますが、皆さんの手の届かない場所で、粗雑に扱われている高齢者の方々が何万人もいるのです。皆さんも高齢者になった時に、粗雑な扱いをされたらいやですよね。今すぐデンマーク並の福祉があってもいいはずなのに、現状ではそうなっていない。でもこれは解決方法が存在しているんです。それなのに改善できないと言う事は、やはり連帯感・共生感が低いのだと思われます。
これから私達の国を良くするためには、教育が大事です。もちろん私も学問を否定する気はありませんが、学歴社会のために勉強するのではなく、隣や周囲の人を大切にすることを学べる社会であるように、しなくてはならないと思います。民主主義とは誰かに与えてもらうものではなく、自分たちで獲得するものなのです。
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