![]() |
||
2006年度第19回シンポジウム 「福祉の国デンマークの認知症ケア最前線」 |
||
![]() |
|
|
||||
photo:ロルフ・バング・オルセン 氏 講演風景 |
||||
デンマークにて精神的に疾患のある高齢者の方々が、どのように介護・支援をされてきたのかをお話しようと思います。 今から30年〜40年前、精神のバランスをくずした方への支援はごく限られたものでした。ちょっとうちのお祖父さん・お祖母さんの行動がおかしいなと思ったらすぐに、しっかりとした診断もないまま「認知症だ」と断定されることが往々にしてありました。すると「あのお祖父さんとお祖母さんは、精神がおかしくなってしまった」と思い込まれ、家族によって入院させられ、その入院先は当然のごとく精神病院でした。 そして精神病院へ入れられると、二度と元の住み家には戻れませんでした。同時に自分の愛する家族とも離別したままという事になってしまいました。 現在のデンマークでは、様子がおかしいお祖父さんやお祖母さんへの支援の仕方は変わりました。さてどのように変わったのか。 一番の違いは、かつて「おかしい」と思ったらすぐに認知症と決めてしまっていましたが、しっかりと診察をして原因を調べるようになりました。おかしくなるには原因があるので、それを調べて治すというのが現在の主流です。 そして治療が容易ではなく、療養が必要な場合、在宅で家族と離れることもなく今まで生活してきた地域で支援を受けることができるようになりました。 どのように診察を行うかというと、かつて精神病院へ勤務していた精神科医や看護師が、患者の自宅を訪問する形で行うようになりました。そういうシステムをデンマークでは「地域精神医療班」と呼んでいます。 そのプロセスはどういうものかといいますと、地域の人が「あそこに住んでいるお祖母さんの様子がおかしい」とか、もしくは家族が「うちのお祖父さんの様子がおかしい」と思った時に、まず自分の家庭医に相談します。すると家庭医は専門家ではありませんから、地域精神医療班へ紹介します。私達精神医療班は、家庭医から照会されてから14日以内にそのお祖父さんの自宅を訪ね、どうおかしいのかを調べます。この地域精神医療班がチームで編成されています。その編成要員は精神科医・高齢者の精神医療に精通した看護師です。 現在でも、高齢者の行動がおかしいときなどには、薬を使って不安定な状態を治そうとすることがあります。 ではこの絵を見ながら、どういうことなのかをご説明したいと思います。 |
||||
|
||||
ここに老人が座っています。やせた人ですね。歩行が困難なのかもしれません。杖を持っています。彼は一体どのような人なのか、二人が説明しています。 左にいるのは高齢のご夫人で、花模様の服を着てやさしい笑顔で老人を眺めています。彼女は、座っている老人と50年近く共に暮してきた妻なのだと思われます。彼女は新婚当時からこの50年間はとても楽しかったのだが、ただここ2・3年は少し様子がおかしくなったと話しました。 右にいるのは、白衣を着た女性です。彼女の目は、老人のことを疑問視するように観察しています。この女性は施設の職員なのかもしれません。そして老人と知り合うようになってからここ2〜3ヶ月しか経っていないのでしょう。彼女からは、老人はすごくぶすっとした表情をした、不機嫌そうなおじいさんにしか見えません。そして精神状態も不安定に思えます。 さて、老人は奥さんがおもうようにハンサムで健康そうな男性なのか、職員が言うとおりいつも不機嫌そうな表情をした人なのか、どちらなのでしょう? どちらも正しく、どちらも正しくないので、答えはその中間にあります。 医者としてはこの老人の悪いところ治そうとする立場から、こちらの看護師からの報告と同じように、悪い方へと意識が向いてしまいがちになります。 しかし、私達は医療面からこの老人を見るのではなくて、長く生活を共にしてきた奥さんからの報告にある「非常に活発でスポーツが好きで」とか、あるいは何か才能があるなど、長所の面についても目を向けなければなりません。 最初の訪問の時に彼がこのような状態になったのは一体何が原因なのかをつきとめるのと同時に、彼の長所は一体なんなのかも突き止める必要があります。 高齢者の生活でも、食事をすることだけが大切というわけではなく、日常において経験することやアクティビティも大切なので、それを重視するためにも、どのような長所があるのかを把握することが必要です。 |
||||
|
||||
さて、次の写真です。初回訪問の時にわかる事についてご説明します。 図は人の脳なんですが、人が不安定な気持ちになり、おかしな行動を示すようになるのは、脳の中煮変化が起きているのだと考えられます。私達医師としては、脳の状態を確認する診察を行います。先に説明をしますが、この図は内面的な環境もしくは内部的な問題という意味です。 現在では認知症のようだ、若しくは認知症だと思い込んでいる人が、実は認知症ではなく、似たような症状をひき起こす別な要因があり、それを治療すると治るということが分かっております。ですから認知症ではない人に、認知症だと思い込んで支援を行った場合、その人は「自分は認知症じゃないのに」と非常に見下されたような、人間性を無視されたような気分に陥るかもしれません。たとえば認知症と似た症状の出るものには何があるか。 そもそもは、今まで出来ていたことができなくなると、かつてその行動のために働いていた脳は使われなくなるので、退化してしまいます。ですから、もし認知症かなと思われる人を発見したなら、かつて使っていたのと同じようなアクティビティを提供することが正しい支援の仕方だと思います。 その次に大きな認知症に似通った症状を起こすのは、薬です。いろんな薬を高齢者はもらって服用しますので、その副作用が認知症に似た症状を起こします。それに対しては、もちろん生命維持に必要のない薬はあげないことです。そして身体内部で何か脳以外の疾患を持っていることによって、異常行動を起こしてしまうことがあります。ここ一週間か二週間ぐらいで急激に変化が起きていた場合には、即認知症ではない場合があります。デンマークでは少なくとも6ヶ月くらい症状が持続している場合に認知症と認定しておりますので、急な場合には何か別な原因があるのだろうと推測して診察を行うことになります。 例えば高齢者が急に情緒不安定になる時、パニックを起こしてしまう場合には、膀胱炎があります。これを治療すれば異常行動は収まり、その方が認知症ではなかったことが証明されます。 それから間違われやすいのは、鬱病です。かなりの確率で認知症だと疑われてしまいます。鬱の原因を突き止めてみると、周りから疎外されて孤独になっている事実があったり、または鬱になるような物が職場等にあったりします。その原因を取り除くことで、重度の場合は難しいかもしれませんが、治療を行い、少しでも症状を軽くすることはできます。 これらは認知症に似た症状の出るものですが、一つ注意していただきたいのは認知症の人が今述べた原因によって重複して症状が出ている場合がある事です。その場合は認知症であっても、必要な治療をすることが必要です。 次は本物の認知症についてです。認知症についても、様々な原因によって惹き起こされることがわかってきました。一番多いのがアルツハイマーです。これは脳の後頭部が侵され、その結果普通であれば忘れるはずがないことを忘れてしまったりします。私達の研究の結果、認知症と言われている方の10%が前頭葉に問題が発生して認知症の症状を起こしていることがわかりました。彼らはアルツハイマーの方とは違う異常行動を起こします。 また前頭葉に異常がある方の特徴は、性格が全く変わってしまうことです。通常であれば他の人に迷惑をかけないように行動するという社会性があるはずなのですが、それも失われてしまい、異常行動をとるののです。この方々がアルツハイマー性認知症のグループにいると、前頭葉性の方が叫んだり怒ったり暴力を振るって迷惑をかけてしまうことになります。 次に認知症の方をとりまく、外部の環境についてお伝えしたいと思います。外部の環境も認知症の方にかなりの影響を及ぼします。 例えば家族・友達が異常な行動をした時に、どうしてそういった行動をするのかが分からない場合があります。認知症をもった家族や地域の方に対して、認知症について理解を深めるための研修が必要になってくると思います。また、家族や友達だけではなく、施設の職員もこの外部環境の中に含まれてきます。職員も認知症に対する勉強が必要になるかと思われます。 次に住環境です。人里離れた所に一人寂しく住んで、孤独感や恐怖感を抱きながら生活するのは悪影響があります。 次にアクティビティ。日中はどのような活動をするのか。これは後ほどメッテ氏より詳しくお話ししていただけることになっています。 今述べた外部環境の更に外側に、町。東京都なら、都の福祉政策も重要な外部環境の一つとなります。それから社会。スーパーマーケットや学校も、認知症の人を理解するために重要な外部環境の一つに数えられます。 そして法律や倫理。法的な面で高齢者に何かを強制してはいけないということです。彼らは民主主義の下で個人の自由や人権を持っていますので、束縛するようなことがあってはならないのです。例えば、もし認知症の人が介助されることを希望していない場合、無理に介助を行ってはいけないという事です。認知症の方が出された薬を飲みたくないと拒否し、でも飲ませなければいけないという事になったとき、食べ物の中に混ぜてごまかして飲ませてしまいがちですが、これは法的にも倫理的にも行ってはいけないことになっています。騙して飲ませることは、高齢者の意志に反することになってしまうからです。 今日の講演内容は、認知症かどうかの正確な診断、認知症の方を囲む家族や友人、住宅、アクティビティを管理すること、それを作る地域の福祉政策や彼らをとりまく社会を構成する様々な人々、そして法律や倫理的な事などあらゆる面において、人権を尊重しながら支援をしていくべきだというお話でした。 |
||||
|