2006年度第19回シンポジウム

「福祉の国デンマークの認知症ケア最前線」

 

 

 

 

「デンマークの高齢者介護」

社会保健介護士 モモヨ・タチエダ・ヤーンセン 氏

Photo:モモヨ・タチエダ・ヤーンセン 氏 講演風景

 さて、私からはデンマークの高齢者福祉がどのように動いているのか、それはどのような背景を持っているのかに始まり、実際に介護をしている方々はどういった過程を辿ってその職に就いているのかをお話ししたいと思います。
 デンマークでは1980年代の終わりに、高齢者福祉に関する大きな改革が起こりました。利用者のニーズと実際の支援に、大きなギャップが生じていましたし、また経済的にも社会福祉国家を築くために様々な事業を行っていたんですが、福祉にかけるお金が莫大な金額になってしまい、国の収支が赤字になってしまう状況に陥ってしまいました。
 そこで実際にどこにどれだけのお金が使われているのかを検証した結果、改革が必要だという結論に達しました。そこで考え出されたのが「高齢者審議委員会」の発足です。この委員会に席を置くのは高齢者の方です。高齢者自身がどういったニーズがあるのか、どんな介護が必要なのか、という意見をまとめ、その意見に基づいてこれからの高齢者介護をより良い形に変えて行く活動をしていました。そこで出てきた三つのキーワードがこちらです。

 継続性・自己決定・自己資源の開発は、当時から今に至るまで変わりなく、高齢者介護や認知症介護に置ける三つの柱として存在しています。
 まずは継続性について。これまで二十年、三十年と同じ家に暮していたのにもかかわらず、何故介護の為に住居を移さなければならないのか。何故高齢になったからといって自分の生活リズムを変えなければならないのか。もし肉体的環境を変えてしまったら、自分の生活習慣や文化習慣も変化してしまうのです。更には新しい土地に身体をならし、そこのリズムに自分を合わせなくてはならなくなります。
 これはおかしいのではないだろうか。という疑問が起こります。
 そして自己決定。自分が望むものを決定するのは、自分でなければならないという事です。高齢者になったからといって、その権利が無くなるわけではないのです。自分はこうしたい、こういうやり方をしたいと言う権利。それはどんな年齢でもどんな状況でも不変であるべき、という意味です。
 三つ目の、自己資源の開発。高齢や病気のために、肉体的・機能的に低下している部分は沢山あるかもしれないが、まだ出来る事も沢山あるのです。現状では不可能かもしれませんが、環境を整えてさえくれたなら、自分でできるようになるかもしれません。また自分で良いところを伸ばしていき、地域にも還元できるまでになるかもしれません。
 この三つの柱を元に政府が決定したのは、可能な限りの在宅支援を行うという事です。継続性を守り、自己決定を尊重しながら自己資源の開発を支援していくためには、可能な限りの在宅支援や地域における支援が必要なのではないかと思われたからです。そして在宅支援を行う職員について、再度検討を行いました。

 1980年代の終わりまでは、日本のように120時間の講習でホームヘルパーの資格を得た人達が、在宅の方を訪問したり施設に勤務して働いていました。けれど、もし可能な限り在宅で見なければならないとすると、高齢者の状態がどんどん重度化していった際にも介護ができなければならなくなります。その責任や能力が職員一人一人に求められます。施設ならば周りに看護師などの専門家がいますし、ヘルプが必要だからとチームの援助を要請することができます。しかし在宅では一人で適切な判断を行わなくてはなりませんし、一人で対処を行わなければなりません。その為には高い知識や技術が必要になります。住民の下へ派遣するには、その条件を満たした職員でなければなりません。
 デンマークで介護の仕事につくには、資格が必要になります。無資格者は職場に入れていません。そして介護の面で日本と大きく異なるのは、デンマークでは介護と医療が密着していることです。介護無しに医療は考えられませんし、医療なしに介護は考えられないとされています。つまり、教育の段階において医療と看護の分野というものが多く含まれているのです。
 さて、最初の千葉からのお話にもあったのですが、義務教育となる国民学校は9年あります。その後に高等学校へ行く人と、専門のテクニカルスクールへ進む人とに別れます。
 その前に準備教育という期間が1年間用意されています。ここで介護の仕事は本当に自分に合っているのかどうかを見極めます。そして間違いなく自分は介護の仕事に進みたいと思った人は、基礎的教育になる「介護助士」という1年2ヶ月の教育を受けます。当初120時間だった教育を、1年2ヶ月に延ばしたのです。この時間数を聞くだけでも、国の介護に対する思い入れや責任の重大さ、専門性への期待を感じていただけると思います。
 そしてこの教育を受けた人々が中心になって、高齢者の在宅介護を支援しています。というのは、先ほど千葉が申し上げた通り、デンマークには「施設」という観念がありません。建物は残っているのですが、高齢者福祉センターといった形で再利用されています。部屋も使われているのですが、アパートメントとして利用されているのです。
 このように、デンマークの高齢者福祉というのは、在宅支援以外にありえない状態になっています。そのため、介護助士の主な就職先というのは、在宅支援センター等になります。
 さて、それ以上の専門教育を望む人は、レベル2の介護士の教育課程へ進みます。このレベル2については、既に介護士としての仕事はできるという前提で教育が行われます。教育内容は、60%が医療・薬学と看護分野を占めており、皮下注射や筋肉注射について学びます。そしてホームドクターの指示に従っての薬の扱いについても修得します。またマネージメント、仕事の管理や運営に関する授業にも多くの時間を割いています。なぜなら、この資格を持っている人は、在宅支援グループのリーダー格を担うことが要求されるのです。
 そのため、実際のマネージメントやグループワーク、についての勉強が必要となるのです。
 これら介護助士と介護士の教育に共通しているのは、3分の2以上の授業が実習ということです。理論を学び→実習→実習→理論→実習→実習というサイクルで授業が展開していきます。そして実習先には実習担当員がいます。レヴェル1の実習では、生徒一人につき実習担当員が一人付きますが、レベル2の段階になると少々担当員一人に対しての生徒の数が増えます。現場で待ち受ける担当指導員には、学校で指導員の講習を受けないとなれません。
 さて学校側は現場に学生を実習に向かわせる前に、実習担当員と情報交換を行います。生徒達がどこまでの学習を終えているかという情報を実習担当員に伝え、それについて実際に現場で身に付けさせて下さいとお願いをするのです。対する実習担当員は、こちらへ来る前にAとBという技術や理論を覚えていてほしいと要求します。それによって学校で行われるカリキュラムが組み合わされていきます。
 この教育システムによって、10年後や20年後に現場と教育機関の間にギャップが発生しないようにしています。現在の社会の動きや現在のニーズに付随してカリキュラムを変更していくことにより、その日からプロとして仕事ができる即戦力となるのです。
 そしてこの教育の中で、一番大事だと教えられる定義があります。
 それは高齢者介護における『人間とは』という定義です。

 今までは肉体的なことに焦点が当てられがちでした。例えば在宅支援をするにあたって、この高齢者は何ができるのかを調べ、そして出来ない事についての支援をおこなってきました。従来どおりのホームヘルパーであれば、そのやり方で何の問題もなかったのです。しかし、それでは渡邉さんでも鈴木さんでも、出来ない事が同じであれば支援はみんな同じにしておけばいい、という状況を作り上げてしまうのです。
 そこで、これからの介護というものを変えていくには、この介護に対する定義を変えなければならないのではないかという疑問が提示されたのです。
 高齢者の『できない事』についてばかり見ていると、継続性・自己決定・資源の開発という三つの柱を、守っていくことができなくなるのです。
 そこで「開発」という言葉に着目し、可能性を開拓していく支援というものを模索し始めました。その可能性はどこからでてくるのでしょう?
 人間は、肉体だけで出来ているのではありません。肉体は精神からも影響を受けているのです。
同時に私達は社会からの影響を受けて生きています。人間は一人で生きているわけではありません。家族や学校、会社では同僚との関係など、常に私たちはどこかの社会に属して過ごしているのです。
 さらに私達には、個人の文化というものがあります。食習慣やクセ、自分の家族はクリスマスをこんな風に過ごすというような家族内の習慣、自分の歴史というものも文化に含まれます。あるいは、自分は失恋した時はこういうやり方をすると立ち直れるんだというのも、自分の歴史における文化となります。
 この中の一つのどれが欠けてもバランスはとれず、四つ全ての情報が揃わなければ可能性を見つける介護はできないのではないかと考えられています。
 ですので、デンマークで教育機関に入る時には、必ずこの定義について教えられるのです。この定義を教えるのは、私達が実際に仕事を行った時に全員がこの理念に基づいて動くことを期待しているのです。なぜなら価値観に相違があると、チームで介護を行うときにバラバラな行動をすることになってしまい、介護の質が落ちる可能性が有るのです。そこで、最初からこの定義を学ぶことによって、価値観の足並みをそろえる事が出来るようにしたのです。
 こういった背景からも、デンマークでは価値観の相違が生じないように、無資格者を介護の現場に入れないようにしています。
 介護は教育から生まれるもの。そして教育はプロ意識を生み、介護は誰にでもできるものではなく、プロだけが出来る職なのだという誇りを与えるのです。
 この教育方法が開始して、もう十六年が経過しました。その間には、昔の資格であるホームヘルパーなどは勤め先から学校へ派遣されるという形で、資格を取り直しました。
 現在では、介護に携わる全ての人が、介護助士もしくは介護士の資格を持っています。
 同時期の1990年には介護の専門性を高めるため、認知症へ焦点を当てることになり、それもまた教育によって専門家を育てることとなりました。そして認知症コーディネーターという資格がデンマークで創設されました。
 ロルフのような精神科医などが筆頭となって理論を教え、実習という形で自分の職場へ戻って理論の習熟に勤めました。理論の時間はトータルで120時間となりますが、時折自分の職場に戻ることになります。その際に近くにいる同じ認知症コーディネーターの生徒で集まり、勉強会を行うのです。勉強会では議論を行って、それについてレポートを作成し、さらにレポートを元に議論を進めていくということが行われます。
 この認知症コーディネーターの授業としては、認知症に対する正しい知識、理解、認知症の脳の仕組みに関する医学的見解、社会的見解、文化的見解、アクティビティと多岐にわたっています。そして認知症コーディネーターの資格を持った彼らがそれぞれの現場に戻ることにより、現場にいる他の職員や家族に知識を広めていくのです。
 現在、この認知症コーディネーターはデンマーク国内に800人いるといわれています。そして高齢者の介護を動かしていっているのは、私達介護士や介護助士・コーディネーターや作業療法士・理学療法士です。様々な職種の人々がチームにいることにより、高齢者一人に対して多角的に看ることができるようになります。
 あえて私の資格の名称に社会福祉だけではなく「保健」という単語が入ってくるのは、社会に対する視点、文化に対する視点、被介護者の自己歴や、彼はどういう人なのかということを理解することにより、どういった支援を求めているのかという基本的な介護のプランがそこから始まっていく、という資格設立時の意気込みを表しているのです。それを支える技術や知識、責任感を教育によって学んでいくのです。

 

 

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